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北摂山系の豊かな自然に包まれた猪名川霊園の樹木葬墓所。近年、樹木葬墓地に人気が集まっている背景には、人びとの自然への回帰だけでなく、核家族化が進み、墓じまいをした後の改葬先として利用しやすいという事情もある。
2020年に竣工した同霊園の桜葬墓所は日本で多く見られる花壇状の樹木葬墓所を発展させた形式だったが、この墓所では、本来の樹木葬のあり方により近づけた、自然の営みへと故人の魂を還す、「自然に還るお墓」を提案した。
今回の墓所の敷地は、霊園内を流れる猪名川の支流、下北谷川の砂防ダムの下北谷北堤の前面の斜面となった。急勾配の斜面では足の不自由な利用者のアクセスが難しかったため、スイッチバックする形にして緩やかに登れる遊歩道とした。この斜面にはケヤキやクヌギ、シラカシ、カツラ、コナラ、アオダモなどの高木、紅葉になるヤマモミジ、季節毎の花や実が楽しめるヤマザクラ、ソメイヨシノ、ヤマボウシ、ツツジ、ヤマツバキ、クロモジなどが植えられ、足元にも隣接する森から採取された山野草が植えられ、隣接する森と連続している。
樹木葬墓地はもともとは、豊かな自然がある野山の環境を、荒廃や開発による破壊から守り後世に残すという目的から始まった。
しかしながら、近年増えてきた樹木葬墓地は、申し訳程度に植えられた樹木の周りに骨壺を収納できるカロートを集めた”樹林景観墓地”とでもいうべき人工的なものが多くみられる。
この墓所では「自然に還るお墓」という日本ではまだあまり見られない、本来の樹木葬を試みている。「自然に還るお墓」ではカロートを設置せず、粉骨した遺骨を麻布に入れて、遊歩道沿いの地中に直に埋葬する。遺骨は土の中の微生物によって生分解されて土に変わり、リン酸カルシウムとして周りの樹木の養分として吸収されて「自然に還る」ことができる。墓標として植えられた地上の樹木は、花を咲かせ葉を落とし、また花を咲かせと繰り返しながら成長していき、埋葬された人々の魂もその自然のサイクルと共生する。
この「自然に還るお墓」は家族単位ではなく、個人単位でも求めることができ、子どものいない夫婦や生涯独身の人、子どもがいても「死後の墓の世話をかけたくない」という人たちの選択肢となる。埋骨後、樹木に吸収され自然に還ったあと(30年程度)は、この森に次の世代の魂を受け入れて、森の成長に必要な新たな養分を供給し、サステナブルな自然のサイクルを守り続ける事ができる。最近の樹木葬墓所では多く見られる管理料なしで永代供養する形だと、最終的に土ごと掘り起こして合祀に埋葬し直すケースが多い。合祀にしない永年使用だと霊園事業としては継続するのが困難だが、次の世代が利用する自然のサイクルに経済のサイクルを組み合わせることで、永続的な霊園事業を営むことができる。
木漏れ日の中のゆるやかな遊歩道を登っていくと、砂防ダムの堰堤の素材感に合わせたコンクリートの東屋があり、丘の上から樹木に守られた埋葬された人々の魂を見守ることができる。その下には谷あいにある集落の風景風景が広がり、生命を循環させる、目に見えない森のはたらきが、水を潤し、豊かな大地を育む様も見ることができる。
- 敷地:兵庫県猪名川町
- 用途:墓地
- 竣工:2022.04
- 施工:メモリアルアートの大野屋、ビームスコンストラクション
- 構造:構造設計工房デルタ
- 敷地面積:692.66㎡
- 建築面積:15.00㎡
- 撮影:市川靖史 / 高野友実
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