分譲マンションがコモディティ化されて久しい。標準化されたマンションは充実した設備と安定した品質、そして気の利いた外装イメージと内装スタイリングがあれば成立する商品として日本の都市に次々に建てられている。
京浜急行日ノ出町駅周辺は元々歴史ある商業地だったが、時代の移り変わりで賑わいを失い、近隣の建物も老朽化してきた。そのため横浜市では野毛地区の街づくりとして、平戸桜木道路に面する建物には集合住宅で人口を呼び戻しながら、低層部には商業、サービス施設を入れて、街を活性化させようとしている。そして駅前再開発で2015年に日ノ出サクアスという商業と集合住宅の複合施設が建てられた。駅から徒歩3分の平戸桜木道路に面したこのプロジェクトの敷地にも、以前は低層の商業施設が建っていたが、11階建ての22-30m2程度の単身者用の住戸が109戸ある分譲集合住宅として計画された。
多くの大規模マンションは各住戸からの効率の良い避難のため、前面に連続するバルコニーを設けている。また分譲マンションの場合、空調機は個々の管理になるため、室外機置き場としても必要である。そのため多くの分譲マンションは戸境壁で仕切られたバルコニーが並ぶ外観が特徴的となる。
赤レンガ倉庫などの歴史的建造物が多いためか、横浜のマンションはコンクリート打放しよりもクラシカルな外観が好まれる。そのため事業主からもレンガ風の外観のリクエストがあった。80年代以降、外装に高級感を与えて、商品として売れるマンションを開発するために、外壁をタイル貼りにすることが増えた。タイル仕上げは「ノーメンテナンス」の外壁仕様としてもてはやされているが、タイルそのものは耐久性があるものの、下地モルタル、貼付けモルタルが伸縮を繰り返し、材料間に疲労が蓄積して各材料の境界面で剥離が発生する。 2005年に東京都内のオフィスビルの外壁タイルが剥落して通行人が負傷する事故が発生し、国交省が全国調査を行ったところ、10年以上経過した3階建て以上の建物で外壁材の落下の危険性のある建物が全国で900件以上あることを把握した。この実態が判明して相次ぐ剥落事故が発生してもなお、耐久性、耐水性がある外壁材として多くのマンションで採用され、商品としてのマンションの価値を上げる役割を担っている。このプロジェクトでは、惰性で採用され続けている、バルコニーや外壁タイルといったマンション特有のデザインを再定義して、マンションのための新たな表現を模索した。
第二次世界大戦の大空襲で焼け野原となった横浜では、戦後、都市の不燃化を進める耐火建築促進法が制定され、いわゆる防火帯建築がつくられてきた。この平戸桜木道路も防火帯建築の計画地だったが、関内エリアに比べると実現しなかったものが多い。しかしながら、街の中心部に人が住める環境と商業の賑わいを共存させる防火帯建築の構成が、改めてこのエリアには有用だと考えられる。
住宅と商業をひとつの建築に共存させる際に課題になるのは、その外観である。多くの分譲マンションはバルコニーが特徴的な外観を持つことになり、日ノ出サクアスのように商業の低層部と住宅の高層部で完全に分離した街並みを作ってしまう。
防火帯建築の中で最も注目された弁三ビルには、1〜2階の店舗用の窓が入った開口も、3〜4階の住宅がある屋外開放廊下がある開口も等価に並べられているため、将来的に住宅部分に事務所が入ったり、店舗が入っても全く違和感がない、多義的な外装を実現している。これは横浜の復興のモデルとなったハンブルグの職住近接の複合建築物のファサードの影響を受けているためである。このプロジェクトでも1Fにはコンビニエンスストアが入り、2Fから上は住宅になるため、例にもれずバルコニーを全面に設置しているが、その上から開口部を均質に並べた外皮で覆うようにして、住宅か別の用途か外からは分からない多義的なファサードとした。
コンクリートの外皮は、壁厚を180mmまで抑え、目地が入った型枠を使用し、タイルを貼る代わりに15mmの増し打ちの中で凹凸をつけることで、レンガの表現を外装に纏った。塗装はクリアにしたため、遠くからはグレーのレンガタイルのように見えるが、近くから見るとコンクリートの表情が残っている。またこの外皮は、壁面に開口を開けたようにも、グリット状のフレームが開口を形成しているようにも見える。
バルコニーの中は外装に温かみを与えるために、木材で仕上げたいと考えたが、分譲マンションのバルコニーという共用部ではあるものの、専用使用権というグレーなエリアではメンテナンスなどクリアしなければならない課題が多いため、敢えて本物の木材は使用しなかった。分譲マンションの場合、室内でも扉や扉枠、床材、家具の面材など、ほとんどの素材はプリントされたシートが使われている。逆に突き板の製品よりも素材感があり、一瞬本物かと見紛うクオリティーのものもある。しかしながらその完璧な素材感が逆に人工的で、温かみが感じられない。このバルコニーでもアルミの木目プリントパネルなども候補に上がったが、コストが高いだけでなく、この温かみのなさがネックとなった。
この木目の再現のために、最終的にはネット通販で見つけた木目テクスチャー刷毛を採用した。年輪を垂直に挽くと出るのが木目なので、年輪状の刷毛を斜めに擦れば木目になるという単純な仕組みだが、刷毛の角度で色々木目が変化するので、同じ木目は決して出ることがない。コンクリートの表面に羽目板の幅程度に目地を入れて、その表面に下地となるか薄い色を塗り、その上に濃い色を塗って乾く前に木目刷毛で掻き取り、羽目板のような仕上げをコンクリートの表面に再現した。フェイクには違いないが、手作りの痕跡がある、温かみのある表現になっている。
1Fのコンビニエンスストアは半分地下に埋めることで、商業施設に必要な階高を確保しながら、上部の住宅部分の外壁モジュールにも合うように調整し、商業施設と住宅がファサードの中で分離しない防火帯建築のような構成となっている。
住宅の共用エントランスは側道に設け、商業施設に前面道路へのアクセスをゆずり、住宅部分のプライバシーを確保している。エントランスホールの内部はベランダと素材を連続させているが、手に触れる事ができる共用部なので、本物の突板で仕上げている。六角形の床のタイル、壁面仕上げ、木毛セメント板の天井、ガラスの内側で光るマンションのサインなど、住宅部分の共用エントランスに敢えて商業的な装いを与えることで、このマンションがより多義的にとらえられないかと考えた。
日本のマンションの戸数は令和元年現在で665万戸に及び、今回のプロジェクトのように、100戸以上の規模のマンションが建設されると、その外観が街に与える影響は大きく、街の景観は一変する。また分譲マンションの場合、その外観には購入者の資産価値といった側面もあり、ファサードのデザインは多義的な意味を背負わざるを得ない。このプロジェクトでは、バルコニーを覆うグリッド状の開口、レンガ目地のコンクリート外壁、木目調塗装など、コンクリートの多義的な装いで、いかに街の歴史、景観、都市の賑わい、マンションの販売者と購入者それぞれにとっての価値、そしてメンテナンスなどを踏まえた建物の性能を引き受けて、新たな表現を提案できたのではないかと考えている。
解説動画フルバージョン 13:39
- 敷地:神奈川県横浜市
- 用途:集合住宅
- 竣工:2021.5
- 事業主:トーシンパートナーズ
- 設計監理:イクス・アーク都市設計
- 施工:大勝
- 構造:テラ設計工房
- 設備:弥生設計
- 撮影:矢野紀行写真事務所
- 敷地面積:503.70m2
- 建築面積:416.90 m2
- 延床面積:4129.76 m2