ENEOS Xplora株式会社が原油・天然ガスの生産を行っている中条油業所内に計画したイノベーションラボ施設。ENEOS Xploraは世界的な脱炭素の潮流の中、「二軸経営」を掲げ、基盤事業の石油・天然ガス開発事業に加えて、成長事業として環境対応事業を推進するサステナブル事業推進部を設立し、新たな事業機会の獲得に向けて活動を開始している。この取り組みを発展させるために、中条油業所が持っている、人材、設備、技術情報、行政地域社会との信頼関係を最大限活用しながら、大学・環境先進企業・ベンチャー企業・行政等との協業するための施設として計画された。
デザインコンセプト
オープンイノベーションラボの核となるコンセプトや機能を抽出するために、ENEOS Xplora社内有志でワークショップを行い、「新たな事業と働き方を実現して、ENEOS Xploraと社会の課題解決に寄与する」「中条という土地に根差し、地域との繋がり、文化の醸成に寄与する」「周囲の環境や自然資源を活用する」「オープンなコミュニケーションからイノベーションを生む」といった目標を実現するための施設を目指すことになった。キー・オペレーションとパーカーズからなるデザインチームでは、「キチとミチ」:既知と未知(ENEOS Xploraの持っている知識を活用して未知なるイノベーションを生む)、基地と道(コア的な機能を持つ空間とそれらを繋ぐオープンコミュニケーションの空間)というコンセプトを掲げて、建築計画を進めた。
建築計画
水溶性ガス田のある海岸沿いのエリアと3つの油ガス田の中央に位置する油業所には、油業所の事務所と社宅施設がある。この中の不要になった社宅があった幅15m奥行き60mの敷地に、コアとなる6つの棟が分散して配置され、それらに囲まれた中央部をオープンコミュニケーションのためのスペースとしている。このエリアにはソファやベンチ、食事が取れるラウンジカウンターなどを設け、ただデスクに向かうのではない、気軽にコミュニケーションが取れ、様々な作業ができる、タッチダウンスペースを設けている。
6つの棟は、パビリオン棟、ミーティング棟、サービス棟、ソロワーク棟、マルチファンクション棟、ワークショップ棟から構成されている。パビリオン棟にはこのセンターで生み出された技術が展示され、同時に来客をもてなす応接室としても利用される。ミーティング棟には大小の会議室があり、チームメンバーで集中してミーティングができる。サービス棟は水回りと倉庫が設けられ、ソロワーク棟にはイノベーションに必要な図書や油業所の資料が置かれ、区画された静かなスペースで集中して調べ物や作業ができる。マルチファンクション棟の多目的室は上げ床の畳になっていて、座卓で作業やミーティングができる。上げ床の端部はデスクにもなっていて、異なるアイレベルで気分を変えながら作業ができる。この多目的室の大きな壁はプロジェクションが可能で、ここをステージとし、中央のオープンコミュニケーションスペースを客席とした催しもできる様になっている。多目的室から階段で上がると2Fにロフトスペースがあり、裏の松林を眺めながらリラックスしたり、ナップスペースとしても使用できる。ワークショップ棟は油田で採取されたサンプルを確認する作業所となる。
環境への取り組み
脱炭素化のために、この建物は木造で作られており、それぞれの棟は、中条周辺に見られる木造の民家のように切妻の屋根を持っており、外壁も木の羽目板で仕上げられている。木材には杉の赤身を浸透性防汚保護剤のウッドロングエコにどぶ漬けして耐久性を上げたものを使用している。6つの棟が集まる姿は古くからの集落のような佇まいとなっている。棟と棟の間には、外部空間が貫入しており、その隙間から奥行きのある中央部に光と風を通す。ラウンジ前の隙間には半屋外の足湯もある。
この施設では、建物の開口部周りには木製パーゴラを設け、夏は日射をカットして、空調負荷を下げ、冬は雪を建物ぎわに落とさない雁木として機能する。外壁と屋根には十分な断熱を入れ、トリプルガラスの木製サッシを取り付け、気密性能も十分上げることで、外皮からのエネルギー損失を大幅に減らしている。
各棟の屋根は切妻と片流れのものがあり、切妻の棟では南側に向いた面に太陽光パネルを設置し、自家利用で電気自給率を高め、余剰電気は夜間や災害時に利用するために蓄電し、更に余った電気は売電する。片流れの棟は南面に向いた大きな開口を設け、冬に日射取得をし、夏は外付けブラインドで日射をカットしている。
空調では部分的に地中熱ヒートポンプを利用しており、バックヤード側に深さ100mの熱交換井を掘削し、埋設したUチューブに不凍液を循環させて、夏は放熱、冬は採熱することで、空気熱源ヒートポンプに比べると年間49%の電力消費の削減が可能だ。地中熱ヒートポンプは他の再生可能エネルギーとは異なり、天候や時間帯に左右されず、空気熱源では効率の落ちてしまう寒い地域でも、温度が安定した地中から採熱することで高効率暖房運転が実現できる。
この施設では風力発電も取り入れている。採用したレンズ風車は丸い輪の効果により高い発電効率と騒音の低減を実現しており、事務所や社宅が近くにある本施設でも、騒音を気にせずに設置ができる。太陽光発電と異なり、夜間でも風が吹いていれば発電する。
これらの取り組みで、この建物では72%の省エネを実現し、太陽光発電による28%の創エネをすることで、ZEB認証を取得した。また今後ドイツの環境認証「パッシブハウス」のローエナジービルディングの取得も目指している。
自然を楽しむコミュニケーション空間
新潟の海岸は江戸時代中期までは砂丘で、飛砂によって家や田畑の作物が砂で埋まるという被害に苦しめられていた。飛砂の対策として18世紀頃から松などの植林が行われ、樹木が根付くことで風が弱まり、砂が飛ぶのを防いでいる。中条油業所内にも この松林が広がっているが、1990年代、松くい虫被害により油業所構内の赤松約6000本のうち約3500本を失った。ENEOS Xploraは1998年より松林再生の取組を開始し、実生松による再生に取り組み、赤松を20,000本までに復活した。この施設の裏側にも松林が広がり、タヌキやウサギ、フクロウや野鳥などの住みかになっている。
杉の羽目板で覆われた外観は周辺の松林との親和性が高く、一体化した景観を形成している。各棟の隙間の空間は外部の雁木の下に作られた散策路に繋がり、苔やサクラといった魅力的な既存植生や、油業文化と深い繋がりを持つ植栽を楽しむことができる。半屋外に設けられた足湯には、油業所で生産する水溶性天然ガスに付随して生産されるかん水を使用し、温泉水の優れた効能で体を癒しながら、オープンなコミュニケーションができる。外周部の散策路は裏に控える松林にも広がっており、松林の中を思索にふけりながら、散策することができる。
- 敷地:新潟県胎内市中条
- 竣工:2024.05
- 施主:ENEOS Xplora
- 設計監理:キー・オペレーション+パーク・コーポレーション設計共同体
- 建築設計:キー・オペレーション
- 内装設計:パーク・コーポレーション
- 構造設計:構造設計工房デルタ
- 設備設計:コモド設備計画
- 照明デザイン:andlight
- 造園計画:パーク・コーポレーション
- パッシブハウスコンサルタント:キー・アーキテクツ
- ZEBコンサルタント:イズミコンサルティング
- 施工:池田組
- 写真:小川重雄
- 敷地面積:1823.37 m2
- 建築面積:702.39 m2
- 延床面積:499.10 m2